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岩手・宮城内陸地震から今日で3年経ちました。
東日本大震災の時も栗原市は震度7あったんだよね、確か。。。
死者は出なかったけど重傷6名、軽傷544名の被害がありました。
物的被害では全壊47棟、半壊169棟、一部損壊2190棟でした。
ご冥福とお見舞いを申し上げます。。。
以下は河北新報の記事。
*******
【岩手・宮城内陸地震から3年 復興と爪痕と 栗駒】
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/06/20110614t15004.htm
復旧・復興工事が進む荒砥沢ダム周辺。ダム北側(写真奥)には国内最大級の大規模地滑りが見える。奥は栗駒山山頂=栗原市栗駒
死者・行方不明者23人を出した岩手・宮城内陸地震は14日、発生から3年となる。宮城、岩手両県で176世帯488人に出された避難指示・勧告は4月29日、最後に残った宮城県栗原市花山の1世帯5人に対する勧告が解除された。国道398号など主な幹線道路も昨年秋に全線開通し、インフラの復旧はほぼ完了した。一方で宿泊施設の大部分が休業。観光など地域産業の復興は道半ばだ。
内陸地震は2008年6月14日午前8時43分ごろ発生。岩手県内陸南部を震源とし、マグニチュード(M)7.2、栗原、奥州両市で最大震度6強を観測。栗原市栗駒の荒砥沢ダム上流部の国内最大級とされる大規模地滑りをはじめ、栗駒山麓に大きな爪痕を残した。
直下型内陸地震は土石流や崖崩れなどを引き起こし、栗原市で行楽客や旅館従業員ら13人、一関、奥州、仙台、いわきの各市で各1人、計17人の命を奪った。6人の行方不明者の捜索は昨年8月に事実上終了した。
被害総額は宮城県1094億6246万円、岩手県209億6032万円。住宅の被害は全壊30棟、半壊146棟、一部損壊2521棟に上った。栗原市では自宅再建が困難な被災者向けの災害復興住宅に2世帯4人、一関市では復興支援住宅に1世帯2人が暮らす。
観光や経済の大動脈、国道398号と県道築館栗駒公園線は昨年9月に全線で開通。栗原市の迫川、一関市の磐井川などにできた「土砂ダム」や山間部の崩落現場では、今も砂防ダムなどの工事が進められている。
栗原市は今冬に花山、栗駒の計2カ所に慰霊碑を建立する。14日は同市栗駒のみちのく伝創館で追悼式が行われる。
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【岩手・宮城内陸地震3年追悼「復興見守って」 栗原】
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/06/20110614t13038.htm
献花台に向かって犠牲者の冥福を祈る遺族=14日午前8時43分、栗原市栗駒耕英
死者・行方不明者23人を出した岩手・宮城内陸地震は14日、発生から3年を迎えた。被害が最も大きかった栗原市では地震発生時刻の午前8時43分、防災行政無線のサイレンに合わせ、市民らが黙とうをささげた。
土石流で7人が犠牲になった栗駒耕英の旅館「駒の湯温泉」付近には、遺族ら6人が集まり、旅館があった場所を望む献花台に向かって、追悼の祈りをささげた。
旅館従業員だった母高橋恵子さん=当時(55)=を亡くした会社員菅原恵美さん(34)=栗原市若柳=は家族で訪れ、「悲しみは消えません。母に『いつまでも見守っていてね』と語り掛けました」と話した。
栗原市花山では住民が自宅前に出て、死者・行方不明者が出た浅布地区の崩落事故現場や栗駒山に向かって静かに黙とうした。
午前10時半からは、栗原市主催の追悼式が同市栗駒のみちのく伝創館で開かれた。
栗原市内では、避難所6カ所に東日本大震災の被災者約190人が身を寄せている。一部の避難所では、津波で自宅を失うなどした宮城県沿岸部の人たちも、内陸地震の犠牲者の冥福を祈った。
2011年06月14日火曜日
東日本大震災の時も栗原市は震度7あったんだよね、確か。。。
死者は出なかったけど重傷6名、軽傷544名の被害がありました。
物的被害では全壊47棟、半壊169棟、一部損壊2190棟でした。
ご冥福とお見舞いを申し上げます。。。
以下は河北新報の記事。
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【岩手・宮城内陸地震から3年 復興と爪痕と 栗駒】
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/06/20110614t15004.htm
復旧・復興工事が進む荒砥沢ダム周辺。ダム北側(写真奥)には国内最大級の大規模地滑りが見える。奥は栗駒山山頂=栗原市栗駒
死者・行方不明者23人を出した岩手・宮城内陸地震は14日、発生から3年となる。宮城、岩手両県で176世帯488人に出された避難指示・勧告は4月29日、最後に残った宮城県栗原市花山の1世帯5人に対する勧告が解除された。国道398号など主な幹線道路も昨年秋に全線開通し、インフラの復旧はほぼ完了した。一方で宿泊施設の大部分が休業。観光など地域産業の復興は道半ばだ。
内陸地震は2008年6月14日午前8時43分ごろ発生。岩手県内陸南部を震源とし、マグニチュード(M)7.2、栗原、奥州両市で最大震度6強を観測。栗原市栗駒の荒砥沢ダム上流部の国内最大級とされる大規模地滑りをはじめ、栗駒山麓に大きな爪痕を残した。
直下型内陸地震は土石流や崖崩れなどを引き起こし、栗原市で行楽客や旅館従業員ら13人、一関、奥州、仙台、いわきの各市で各1人、計17人の命を奪った。6人の行方不明者の捜索は昨年8月に事実上終了した。
被害総額は宮城県1094億6246万円、岩手県209億6032万円。住宅の被害は全壊30棟、半壊146棟、一部損壊2521棟に上った。栗原市では自宅再建が困難な被災者向けの災害復興住宅に2世帯4人、一関市では復興支援住宅に1世帯2人が暮らす。
観光や経済の大動脈、国道398号と県道築館栗駒公園線は昨年9月に全線で開通。栗原市の迫川、一関市の磐井川などにできた「土砂ダム」や山間部の崩落現場では、今も砂防ダムなどの工事が進められている。
栗原市は今冬に花山、栗駒の計2カ所に慰霊碑を建立する。14日は同市栗駒のみちのく伝創館で追悼式が行われる。
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【岩手・宮城内陸地震3年追悼「復興見守って」 栗原】
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/06/20110614t13038.htm
献花台に向かって犠牲者の冥福を祈る遺族=14日午前8時43分、栗原市栗駒耕英
死者・行方不明者23人を出した岩手・宮城内陸地震は14日、発生から3年を迎えた。被害が最も大きかった栗原市では地震発生時刻の午前8時43分、防災行政無線のサイレンに合わせ、市民らが黙とうをささげた。
土石流で7人が犠牲になった栗駒耕英の旅館「駒の湯温泉」付近には、遺族ら6人が集まり、旅館があった場所を望む献花台に向かって、追悼の祈りをささげた。
旅館従業員だった母高橋恵子さん=当時(55)=を亡くした会社員菅原恵美さん(34)=栗原市若柳=は家族で訪れ、「悲しみは消えません。母に『いつまでも見守っていてね』と語り掛けました」と話した。
栗原市花山では住民が自宅前に出て、死者・行方不明者が出た浅布地区の崩落事故現場や栗駒山に向かって静かに黙とうした。
午前10時半からは、栗原市主催の追悼式が同市栗駒のみちのく伝創館で開かれた。
栗原市内では、避難所6カ所に東日本大震災の被災者約190人が身を寄せている。一部の避難所では、津波で自宅を失うなどした宮城県沿岸部の人たちも、内陸地震の犠牲者の冥福を祈った。
2011年06月14日火曜日
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